アメリカ社会で底辺の生活をする人のブログ

〜日本に帰りたい。でも帰れない..〜

0円ラボさんのブログより:人生三大コストの3つ目に驚きつつも共感する

今、収入が無い私。

 

かろうじて最低限の生活をできているのは、同居人の彼氏がいるから。(「絶賛ニート中」。聞こえの良い言い方をすれば、「絶賛専業主婦経験中」だ。)生産性ゼロ。たまに気が滅入ってくる。

 

時間だけたっぷり有る私。手元にはMacbook Airと古いipad, iphone。必然的にMacで他者ブログを閲覧しながらipadで動画、iphoneでたまにインスタグラム閲覧といった生活をしている。生産性皆無だ。

 

でも他者ブログでたまにどヒットするものに出会うと嬉しい。今日の発見はこちら↓

0labo.com

こんな妙齢の私を、日本の母親は心配している。比較的オープンマインドの母だが、年だけとって何も成長しない、ヘラヘラ人生を送る私の将来を心配してくれているのだ。貯金も将来設計も子供もない私に、「あんた、ばーさんになったらどうするの?(定職もない・貯金もない・退職金もらえない、要するに「なんの保険もない」状態で今後どうするの?と言う意味)」と聞いてくる。するといつも私はこう答える。

 

「姥捨山(うば捨て山)だわ。ババアは山にこもって、そこで生涯を終えるんだわ。」と。

 

姥捨山の話は、小学校の児童図書として読んだことがある。確か貧乏な親子が生活が苦しくなり、体が不自由になった年老いた母親を山に捨てると言うような悲壮感漂う話だったような。でも私には幼心にとてもしっくり来たのを覚えている。

 

人間の体はいずれ土にかえる。どのように息絶えるかは分からない。ババアとなる年齢までもたずして、事故にあうかもしれないし、病気になるかもしれない。私的には「自分がどんな人と結婚して、子供が何人で、どんな仕事が一番向いていて、どこに住んだ方がよくて、どの方角を向いて寝て」とか言う未来の占い話よりも、「あなたの寿命は何歳です」ということが教えて欲しい。

 

だから上記の「0円ラボ」さんのブログ記事に大共感したのです。「働けなくなる年齢から寿命を迎えるまでに何千万円も預金がないと生活出来ない。」ということばっかりニュースになり、老後の人生を心配して生きていくってどうなの?と思っていた。何千万円の退職金って。私の人生では確実に期待出来ない収入だ。昔は寿命は短くて、こんな老後の資金の心配なんてしなくてよかったんだろうなぁ。それが、下手に健康になって医療も進歩してしまったもんだから、別のこんな問題が発生してきたんだよ。で、お金のことばっかり心配させる風潮になって、適齢期の方々が子供を持つことを躊躇するんだよ。(私も含めて。)

 

確かにこのご時世、この先に医療、政府、社会制度、世の中がどんな風に変わっていくなんて、シリコンバレーに住んでるわけでもない、アメリカで底辺の生活をしている自分には分からない。けれど、ミレニアル世代が提案するシンプルな考え方とか斬新なアイデアに感銘を受けると同時に、自分と同じ考えの方がいらっしゃるんだという安心感を持った今日だった。